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丑三つ時はいつからいつまでのこと?意味や由来は?

丑三つ時に幽霊やお化けが出るのは本当?やってはいけないことを教えて!

なんとなく不吉なワードを言葉に発することはなくても知識として持っているという人は多いと思います。

今回はそんな人たちの知識を呼び起こしてもらうためにも不吉といわれがちな「丑三つ時」について解説します。

いつからいつまでなのか、そもそもこの丑三つ時にお化けが出るといわれているのはなんでなのか、丑の刻参りって何なのか、いろいろと気になるワードを調べていきましょう。



丑三つ時はいつからいつまで?


参照:CRL NEWS 1983.11 No.92
URL:http://www.nict.go.jp/publication/CRL_News/back_number/092/092.htm

丑三つ時とは午前2時から2時30分までの30分間です。

この丑三つ時という言葉を理解しやすくするためにも、近代以前の中国や日本などで用いられていた時計を見られるようになるといいでしょう。

昔の時間について

近代以前の日本は十二時辰(じゅうにじしん)という十二支を割り当てた時計を使っていたのです。

この十二支を2時間ずつの12の「時辰」に振り分けており、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥という十二支に2時間ずつ割り振っています。

上記の画像を見てもらうとわかるのですが、子がスタートなのですが、0時ではなく23時から1時までが子となっており、丑は1時から3時までとなっているのです。

そして、この時間をより細かくするために丑一つや丑二つという表現をするのですが、この「一つ」が30分間に該当するのです。

すなわち、丑三つ時とは午前2時から2時30分までの30分間と表現することができます。

十二支は日本でもかなり馴染みがあり丸暗記している人も多いと思いますので、その知識に時間を表しており「子がスタートで23時から1時までが子となっている」という知識を追加することができれば、自然と連想することが可能なのです。

また、昔はこの時刻を陰陽師が管理しており各正刻に鐘を鳴らす数も管理していた名残が上記の画像でも見られます。

それは子や午のところに見られる「九つ」とか卯や酉のところで見られる「六つ」という数字です。

各時辰のおよそ2時間の始まる時刻を初刻、中間を正刻として扱うのですが、この正刻の時間にならす金の数がこの数字となります。

つまり正午の「九つ」なら9回鐘を鳴らすということなのですが、奇数を縁起の良い陽の数字として見ていた陰陽道において極値が9になっているので、正午は9回鳴らしていたとのことです。

丑三つ時の意味や由来


丑三つ時とは午前2時から2時30分までの30分間ということは分かりましたが、なぜここまで丑三つ時だけがピックアップされているのでしょうか。

それは陰陽道において鬼が出来する邦楽である鬼門にこの丑三つ時が該当するからです。

この鬼門は陰陽五行思想における丑が陰で寅が陽となる境目という考え方があり、この境目に該当する時間帯や方角は鬼が出入りすると考えられるようになりました。

つまり、丑三つ時とは「鬼が出入りする時間帯で不吉」として捉えられており、由来は陰陽道にあるとなります。

日本という国の鬼門の考え方について

この鬼門という考え方は日本でも古来から続いており、武家の世界では鬼門に厠をつくることが常道とされ、それに倣う人が多かったといわれております。

天下人である徳川家康も鬼門封じのために天海僧正に命じて江戸城の鬼門に該当する北東に上野寛永寺を建設していますし、京都にも鬼門封じの目的で比叡山延暦寺が建立されています。

この鬼門という考え方は庶民の間にも浸透しており、鬼門の反対側の方角にある未・申を魔除けとして使うようになったようです。

その中でもピックアップされることが多かったのが猿で、猿の像を鬼門避けとして祀ることが民間でもかなりあったという情報があります。

他にも魔除けの効果があると信じられてきたヒイラギやナンテンやオモトを植えるという対応をしていたと言われております。

また、鬼門の反対側は裏鬼門として不吉な方角であるという考え方もあり、平安京における大内裏から鬼門の方角に建立された比叡山延暦寺とは反対側の裏鬼門に石清水八幡宮が作られたのです。



この裏鬼門の考え方により江戸城では三縁山広度院増上寺が置かれたといわれています。

鬼門の発祥について

この鬼門とはどのようにして誕生したのかは諸説ありますが、その中でもとびっきりインパクトがあるのは前4世紀から3世紀頃の中国の地理書である「山海経」にあるというものです。

これは「古代中国人の伝説的地理認識を示すもの」とされていますがはっきり言って幻想的な表現が多分に見られる「奇書」として扱われていて、信憑性のかけらもないという意見もでています。

そんな奇書に「東方の山に鬼が出入りして悪さをするところがある」という鬼門の由来とされた文書があるようで、これが鬼門になったという説です。

この説がどれだけ信憑性があるのかはわかりませんが、この奇書が由来だったとすると、なんとも言えない気持ちになってしまいます。

幽霊やお化けが出るのは本当?


丑三つ時に幽霊が出るといわれるようになった理由は、鬼門の時刻であり鬼が出る時刻という考え方が浸透してしまったためと考えられています。

いわゆる、陰の気が強まっている時間帯なので幽霊が出ると考えられたのでしょう。

古い時代の怪談話でもこの丑三つ時という時刻を用いたものがかなりあり、庶民の間に浸透しすぎた結果であるともいえます。

また、この丑三つ時という言葉は「草木も眠る丑三つ時」という表現がされるように、あらゆるものが寝静まって静かになりすぎると昔の人も捉えていたので小。

あまりにも静かすぎるその様相から別の世界のように感じて幽霊が出るという風に考えられるようになったという推測もされています。

丑三つ時にやってはいけないこと


今では迷信として扱われていますが、一昔前までは都市伝説のような扱いで「やってはいけないこと」が情報拡散していたのです。

今現在30代や40代の人たちがぎりぎりでそんな噂を子供の頃に聞いたことがあると思います。

有名なのが「合わせ鏡」「盛り塩の交換」「水分補給」あたりでしょう。

その中でも怪談話や都市伝説としての登場回数が多いのが「合わせ鏡」で、昔少年ジャンプで連載されていた「地獄先生ぬ~べ~」でも学校の怪談の一つとして用いられていました。

本来なら合わせ鏡を深夜にのぞき込むことで自分の将来の顔が見られるというものだったのですが、丑三つ時になると霊界と通じてしまいよろしくないものがやってくるといわれていたのです。

丑三つ時に行う丑の刻参りの意味


丑の刻参りは藁人形を用いた呪いの儀式なのですが、この儀式は「1週間誰にも見られることなく藁人形に呪いをかけたい相手の髪の毛や爪といった体の一部を入れて五寸釘で柱に打ち込む」というもので、この呪いが成就するとその相手にダメージが入るとされていました。

途中で相手に見つかってしまうとこの呪いは自分に向かうとされています。

丑の刻参りのやり方


やり方は先ほど記載したように「1週間誰にも見られることなく藁人形に呪いをかけたい相手の髪の毛や爪といった体の一部を入れて五寸釘で柱に打ち込む」というものなのですが、もともとは憎しみを解き放つための「呪術」だったようです。

それがいつしか呪いの風習として扱われるようになり、根強く残ったとされています。

まとめ

以上、いかがだったでしょうか。

今回は丑三つ時についての情報をまとめました。

丑三つ時という考え方の元となっている「鬼門」を掘り下げると、びっくりするような由来にあたってしまいました。

紹介した「山海経」はびっくりするような怪物や妖怪がいろいろと出てくる「珍書」と個人的に感じてしまうレベルなので、鬼門の由来となったものを読んでみたいという人はかなり強い気持ちを持って挑まないとだめでしょう。



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