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藪入りの意味や由来は?語源やいつのことなのか教えて!

藪入りと正月やお盆との関係は?

今は知っている人が少ない「藪入り」という言葉。

時代劇をよく見る方なら聞いたことがあるかも知れませんが、一方でたった今初めて聞いたという方も多いのではないかと思います。

藪入りとは一体どのような意味や由来がある言葉なのでしょうか。

語源やいつのことなのか、詳しく知りたいですよね。

また藪入りは正月やお盆と関係があると言われています。

正月とお盆は現在も日本に根付いている風習ですが、それなら余計に藪入りがあまり知られていないことが気になってしまいます。

そこで今回は、藪入りについて調べてみました。



藪入りの意味や由来


藪入りとは、奉公人や結婚をして嫁いできた女性などが実家に帰ることができる日のことで、江戸時代から広まった風習と言われています。

当時は田舎に暮らしていた子どもは10才前後になると、家計を助けるために住み込みにて町の商家に働きに出ていました。

これを丁稚奉公(でっちぼうこう)と言い、このように田舎から出てきて商家に住み込みで働く人のことを奉公人と呼んでいました。

奉公人には決められた休みはなかったものの、年に2回の藪入りの日だけは休むことができました。

藪入りの日には、商家の主人は奉公人に小遣いや衣服を与え、親元へと送り出します。

子どもを待つ親の方も、その日は子どもの好物をたくさん作って、久しぶりの帰省を心待ちにしたと言われています。

また、実家が遠いなどの理由で親元へと帰れない奉公人は、主人からもらったお小遣いで芝居小屋に出かけたり、町で好きな物を買って過ごしていました。

そのため、藪入りの日は多くの露店が並び、とても賑わっていたそうです。

藪入りの語源は?


藪入りの語源については諸説ありますが、よく知られているものの一つは、実家に帰るという意味の「宿入り(やどいり)」が訛ったという説です。

田舎から商家に奉公訪れる人の中には、実家に帰るまでに何度か宿に泊まらなければならないほど、遠い場所から来ていることもありました。

そのため、実家に帰ることを宿入りと呼んでいたそうです。

そしてもう一つは、奉公人の出身地である田舎は藪(草や低い木、竹などが生い茂っているところ)が深いため、実家に帰るにはその深い藪の中に入っていく必要があるという意味で藪入りと言われるようになったという説です。

この他には、事情があって実家に帰れない奉公人が、実家に帰った振りをするために藪に入っていたとか、藪で遊んでいたなどの説もあるようです。

藪入りとはいつのこと?


藪入りは、1月16日と7月16日の年に2日あります。

当時は旧暦が使われており、1月16日と7月16日の前日である1月15日は小正月、7月15日はお盆でした。

つまり、奉公人は正月とお盆の用事を済ませた後に、実家に帰ることが許されていたというわけです。

なお、藪入りの期間についてはそれぞれの商家の主人の判断に委ねられていたため、その日一日という場合もあれば、数日まとまった休みをもらった人もいたようです。

藪入りは奉公人の他に弟子入りしている職人の卵や、嫁いできた女性も含まれますが、嫁いできた女性の場合は生まれた子供と一緒の帰省になることが多かったことから、数日間の藪入りが一般的だったと言われています。

どちらにしても、現在の週休二日制で生活をしている私達にとっては、年に2回しか休みがなかったというのは、ちょっと信じられない状況と言えますよね。



奉公人や嫁いできた女性は、その年に2回の藪入りをとても楽しみにしていたことがよくわかります。

今でも何か嬉しいことやおめでたいことがあると、「盆と正月が一緒に来たよう」と表現しますが、これは藪入りが由来となって生まれた言葉だと言われています。

藪入りと正月やお盆との関係


藪入りは、1月16日、7月16日の前後に、住み込みで働いている商家の主人の許可を得て、実家に帰ることができる日という意味です。

旧暦では藪入り前日の1月16日は小正月、7月16日はお盆のため、今で言う「正月休み」「お盆休み」を藪入りと呼んでいたわけです。

ところで、私達はお正月、お盆になると、長い時間と移動距離をかけて実家へと帰省しますよね?

Uターンラッシュと呼ばれ、正月、お盆の風物詩のようになっています。

しかし、人で大混雑する中、どうして正月とお盆になると毎年のようにわざわざ実家に帰省するのか不思議だと思いませんか。

実はこれは藪入りの名残だと言われています。

藪入り自体は、第二次世界大戦後に働き方が大きく変わり、毎週日曜が休みになる制度などが導入されたために廃れていきましたが、それでも今もなお藪入りの風習が残り、正月とお盆になると時間をかけて実家に帰る人が多いと言われています。

ちなみに、旧暦の1月16日と7月16日は「地獄の釜の蓋も開く」とされ、毎日地獄にて罪人を釜で煮続けている鬼も、この日だけは釜の蓋を開けて休んでいると言われています。

これを『閻魔賽日(えんまさいにち)』と言い、閻魔堂にお参りをしたり、お寺で「地獄相變圖」を拝んだりしたそうです。

藪入りと俳句や落語の関係


藪入りは正月とお盆の年に2回あり、1月16日(日付けは前後する)の藪入りをそのまま「藪入り」、7月16日(日付は前後する)の藪入りを「後の藪入り」と呼んでいました。

それぞれ、新年の季語、初秋の季語として俳句に詠まれています。

・やぶ入の夢や小豆の煮るうち 与謝野蕪村
・藪入の父や閻魔のほくそ笑   尾崎紅葉

また、藪入りは落語にも登場します。

三代目三遊亭金馬の演目で、簡単な内容は次の通りです。

❝藪入りで子どもが戻ってくることになった父親は、子どもが帰ってきたら美味しい物を食べさせて、色々な場所へ連れて行ってやりたいと思っていました。

そこに子どもが帰ってきて、先に銭湯に行かせることにしました。

子どもの持ち帰った荷物の中には、高額なお金が入っている財布があり、それを母親が見つけます。

奉公先から持たされたお小遣いにしては大金のため、子どもが何か悪事を働いているのではないかと勘繰る父親と母親。

そこに子どもが戻って来たので父親が尋ねると、「人の財布の中を見るなんて下衆だ。これだから貧乏人は嫌だ」と言われて喧嘩になってしまう。

父親が「それならこのお金はどうしたんだ」と聞くと、「店に出たねずみを警察に持っていき、懸賞に参加してもらったお金(※)だ。
主人に預かってもらっていたものを、藪入りだからと返してもらった」と説明する。

これを聞いた両親は「立派になった」と褒めたたえ、「これも主人への忠のおかげだ」と言った❞

というもの。

忠とは主人に対して裏表なく接することを言い、忠誠や忠義に通じる言葉です。

この忠とねずみの鳴き声の「チュウ」がかかった言葉遊びとなっています。

(※)日本ではペスト患者が出た翌年から、ペストを媒介するねずみを一匹五銭で買い上げていたそうです。

役所や警察にねずみを持っていくと引換券と交換になり、銀行などで換金することができたそうです。

これとは別に懸賞があり、現在の紙幣価値で5万円や10万円が当たるチャンスがあったといわれています。

なお、この懸賞及びねずみの買取は10年で打ち切られたそう。

それは、ペストの流行が収まったからではなく、ねずみに子どもを産ませて小遣い稼ぎをする人が後を絶たなかったからといわれています。



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