煩悩とは?その意味や読み方!煩悩の数108の由来や諸説も!

煩悩とはどういう意味?108回の謎や英語ではなんて言うの?

「あの人の心は煩悩に塗れている」「煩悩のかたまり」など、あまりよい意味で使われることのない煩悩。

とは言え、煩悩という言葉の意味をきちんと知っているという方は、以外と少ないのではないでしょうか。

意味がわからないにも関わらず、「煩悩を捨てなさい」と言われると、自分が未熟者と言われたようで何となくガッカリしたような気分になってしまいませんか。

このように、私達の心を非常に惑わす煩悩という言葉ですが、煩悩にはそもそもどのような意味があるのでしょう?

また、煩悩には108という数字が付き物ですよね。

煩悩の数だけ撞くと言われている除夜の鐘も、108回ですが、これらには何か関係があるのでしょうか。

そこで今回は、煩悩について調べてみました。

煩悩という言葉の意味やその使われ方、除夜の鐘との関わりなど、今までよく知らなかったことを詳しく掲載していますので、今年も残りわずかなこの時期に是非読んで頂けたらと思います。

目次

煩悩とは?その意味や読み方を教えて!

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煩悩は「ぼんのう」と読み、仏教における教義の一つとされています。

原語は、サンクリット語のクレーシャで、心の汚れという意味があり、仏教では煩悩が人の苦しみの元とされています。

煩悩の根源は三毒(貪欲・瞋恚・愚痴)と言われ、貪欲とは必要以上に求めること、瞋恚とは怒りの感情、愚痴は物事の本質や真理に対する無知という意味があります。

煩悩のない世界を涅槃(ねはん)と呼びますが、修行僧はそこに辿り着くために日々つらい修業に耐えています。

しかしその一方で、煩悩は必ずしも苦しみだけを生み出すものではない、という考え方もあります。

これは宗派によって違うのですが、欲や怒りは生きていく上のエネルギーになると捉えるものです。

勿論、行き過ぎた欲は苦しみの原因となりますから必要ありませんが、例えば「家族を養うためにお金を稼ぎたい」「いつまでも健康でいたい」と願うことは悪いことではない、ということです。

つまり煩悩とは、人によってその捉え方がある程度異なる言葉とも言えます。

煩悩の数108の由来や諸説

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煩悩の数は108あると言われていますが、その由来については諸説あります。

1.人には感覚を生じさせることで迷いを起こさせる六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)があり、それぞれに好(気持ちがよい)・悪(不快)・平(どちらでもない)の三種を掛けた18の煩悩があると言われています。さらに、この18に浄(綺麗)と染(汚い)の二種を掛けて36、そこに過去・現在・未来の3つの時間を掛けて、36×3=108となると言われています。

2.四苦八苦という言葉から、四苦(4×9=36)と八苦(8×9=72)を足して108の煩悩があると言われています。

3.一年における月の数(12)と二十四節気(24)と七十二候(72)を足した数と言われています。

4.昔から日本では「たくさんの」という意味があるものに、8という数字を使っていました。例えば、八百万の神も実際に八百万の神様がいるわけではなく、それくらい無限にいるという意味です。このことから、煩悩の数が108と言われるのも、本当に108あるわけではなくたくさんの数という意味があると言われています。

 

関連記事:煩悩が108もある意味や由来は?その中の三毒とはなんのこと?

 

除夜の鐘はなぜ108回もつくの?

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除夜の鐘は、煩悩の数だけ撞くと言われています。

このことから、世の中に108あると言われている煩悩の数だけ鐘を撞くのです。

しかし、煩悩の数が108というのは「たくさん」という意味もあることから、必ずしも108回撞くわけではなく、お寺によっては200回以上撞くところもあります。

なお、除夜の鐘は煩悩を払うという意味で大晦日のうちに108回撞くものと思われていますが、実際には107回を大晦日のうちに撞き108回目は新年が明けてから撞くのが正式と言われています。

これは、その年の煩悩に煩わされないために、という意味があるそうです。

 

関連記事;除夜の鐘の意味と由来!大晦日になぜ鐘をつくの?

 

「煩悩」という言葉の使い方

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煩悩が必ずしも悪ではない、という捉え方は、煩悩を用いた言葉の使い方にも現れています。

例えば、「煩悩あれば菩提あり」という言葉がありますが、これには迷いがあるからこそ悟りを開くこともあるという意味があります。

また、煩悩という言葉を聞くと、一つ思い出されることはないでしょうか。

それは、「子煩悩」です。

煩悩に子がついたこの言葉は、煩悩の意味からすると決してよい言葉とは言えないはずなのですが、世間一般的に認識されている意味合いとしては、子供をとてもかわいがる親(人)という意味で、文字のままに子供を煩わしいと思っているわけではありません。

このように、煩悩という言葉は本来の意味とは少し違う意味で使われることもあります。

「煩悩を捨てる」とはどういうこと?

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煩悩とは、心を迷わせ乱す原因となるものを指します。

一般的に煩悩は「欲」と捉える方が多いのですが、実は仏教の教義において欲は生きる力と記されており、欲を持つこと自体は否定されていません。

しかし、欲が強すぎると、自分自身がコントロールできなくなり、自分はおろか人を傷付けてしまうことがあります。

このことから、欲を持つことよりも、欲を達成しようとするあまりに執着しすぎることが、より仏教的な煩悩に近いと言われています。

また、世の中に対して怒りや愚痴ばかりの人も、自己中心的な考えが身を滅ぼすことがありますよね。

煩悩の根源と謂われている三毒の中でも、愚痴(無知であること)は一番の悪と言われています。

つまり、煩悩を捨てるとは、単に欲を持つことを否定するのではなく、過ぎたる欲や怒りの執着を消し去るという意味になります。

煩悩を英語ではなんていうの?

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煩悩を英語で書くと、worldly desires、またはworldly passionsとなります。

Worldlyには、この世の、地上の、という意味があり、desiresには願いや望み、passionsには情念や感情という意味があります。

まとめ

煩悩は仏教の教義の言葉であるため、理解するには難しい面もあったかと思います。

しかし、煩悩とはどういったものか、と考える時間を持つことがとても大切なことですし、そういったことを考えながら聞く除夜の鐘は、より心が洗われるものになるのではないかと思います。

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