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縁起の意味や由来をわかりやすく教えて!仏教での意味は?

十二縁起や十二因縁の意味は?「縁起を担ぐ」ってどういうこと?

日本では縁起や風習を大切にすることが非常に多いのですが、そもそもこの縁起とはいったい何なのでしょう。

今回はこの縁起とは何か、意味や由来をわかりやすく解説し、仏教における縁起の意味や縁起を担ぐとか縁起がいいという意味とは何なのかを深く掘り下げていきたいと思います。

普段当たり前のように使っている言葉こそ、掘り下げると具体的な意味が分からないものが多く存在するのです。



縁起の意味や由来をわかりやすく説明!


縁起とは仏教用語です。

例えば、こちらのWIKI(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B8%81%E8%B5%B7)を除いてみると「他との関係が縁となって生起するということ。全ての現象は、原因や条件が相互に関係しあって成立しているものであって独立自存のものではなく、条件や原因がなくなれば結果も自ずからなくなるということを指す」

と記載してあります。

個人的にこのように説明されてもさっぱりわかりませんので、もっとわかりやすくかみ砕いてひも解いていきましょう。

仏教における縁起とは「原因と条件によって設立するもの」のことになります。

この原因が「因」で条件が「縁」で設立が「結果」であり、これらの言葉を結び付けて因縁生起(いんねんしょうき)や因縁果(いんねんか)の道理と呼びます。

もっとかみ砕いて説明すると「悪いことをすると悪いことが発生して、いいことをするといいことが発生する」という意味になります。

物事には必ずそうなるための過程や原因があって、その原因や過程の内容によって結果が決まるのです。

ここでの過程や条件を「縁」といい原因を助けるための働きとなります。

わかりやすいたとえで用いられるのが草花で、何らかの種をまくのが「原因」でその種が育ちやすいように肥料を用意して太陽にうまく当たる場所にしてあげることが「縁」となり、お花が咲くのが「結果」となるということです。

これが仏教の教えである因縁生起や因縁果の道理となります。

そして、この縁起とは因縁生起を略したものであり「悪いことをすると悪いことが発生して、いいことをするといいことが発生する」という意味があったのです。

しかし、いつしかこのような意味は薄れて何らかの兆しの前触れとして「縁起が悪い」とか「縁起が良い」という言葉として使われるようになってしまいました。

仏教での縁起の意味とは?


先ほど解説したように、仏教における縁起と因縁生起を略したものであり、「悪いことをすると悪いことが発生して、いいことをするといいことが発生する」という意味があります。

仏教では「善因善果(ぜんいんぜんか)」「悪因悪果(あくいんあくか)」「自因自果(じいんじか)」という言葉があるように、自分の行いが結果として運目に現れると考えらえています。

ここでポイントとなるのが、日本人がよく口にする縁起が良いとか縁起が悪いという言葉は仏教的には使うことはないということです。

仏教における教えの基本は善い行動が原因となって善い結果に結びつく「善因善果」と悪い行動が原因となって悪い結果に結びつく「悪因悪果」という因縁生起を根幹においたものなので、縁起が悪いから悪いことが発生するという考え方や縁起が良いからいいことが発生するという考え方はないのです。

例えば、六曜なんかは「仏滅だから今日はついていない日」とか「大安だからラッキーな日」と簡単な吉凶を表しているものですが、こちらは仏教の教えのそれこそ正反対な位置にいるものであり真の仏教徒の方々から見たら信ずるに値しないものと判断するでしょう。

いくつかの文献や資料を調べてみると、戦争が少なくなった江戸時代の民衆にこのような簡易的な吉兆を表すものが増えたという表現が多数見受けられますので、民衆の間に流行った誠不思議な占いの一つが六曜といったものだったのではないでしょうか。



それらの言葉の中に「仏滅」という「仏」という言葉が入っているので六曜は仏教とつながっていると思われますが、このように縁起の意味を調べてみると真っ向から考え方を否定しているので繋がりがあるはずがないのです。

十二縁起や十二因縁の意味は?


ざっくりと説明してしまうと十二縁起の別名が十二因縁であり、これは人の12の迷いの元を教えたものとなります。

こちらをわかりやすく解説している

「悟りへの道「十二因縁」(http://shusse-kannon.life.coocan.jp/budda/budda5.htm)」の言葉を引用すると、「1.無明(むみょう)⇔2.行(ぎょう)⇔3.識(しき)⇔4.名色(みょうしき)⇔5.六処(ろくしょ)⇔6.触(そく)⇔7.受(じゅ)⇔8.愛(あい)⇔9.取(しゅ)⇔10.有(う)⇔11.生(しょう)⇔12.老死(ろうし)」

このようにつながっていると解説してあり、1~12番という順番で見ると順観となり逆になると逆観となるのです。

先ほど解説したように仏教の教えは必ず原因があって縁があり結果が出てくるので、最初の無明の迷いや苦しみおよびその存在がなくなれば根本原因が取り除けるのです。

私たち人間の苦しみの素がこの十二因縁であり、仏の悟りへとつながります。

この部分は非常に難しく言葉で表すには難解なところが多すぎるので、知りたいという人は仏教の教えをはじめから知る必要があるでしょう。

「縁起を担ぐ」の意味は?


縁起を担ぐという言葉を簡単にインターネット辞書で調べてみると「ちょっとした物事に対して、よい前兆だとか悪い前兆であるとかを気にする。

という一言で締めくくられています。

いわゆる縁起を担ぐという言葉は「物事の吉凶の前兆」という意味になるのです。

無理やりいい結果を引き寄せるための準備ともいえます。

しかし、先ほど解説したように仏教用語的にはその日の吉兆を見るための用語ではないので、仏教側の見解としては何とも言えないでしょう。

それでも、仏教の中には日の吉兆を表すものも存在しているのは確かなので100%の否定をすることはできませんが、良い結果に恵まれるために行うことを縁起を担ぐと言いますがこの言葉を仏教用語として結び付けるのは個人的には難しいと考えております。

こちらも個人的な見解ですが、これは自分の気持ちを少しでも楽にして優位に働かせるためのちょっとした精神安定のようなものと考えたほうがいいと思います。

「縁起がいい」「縁起が悪い」の意味は?


仏教用語的には縁起というのは因果関係を表しており、良いことをするといい結果が出て悪いことをすると悪い結果が出るという意味になります。

そのため縁起が良くなるためにはよいことをしないといけませんし、悪くなる場合は何らかの悪いことをしたということになるのです。

なんですが、現代語で考えると物事の吉凶の前兆というのが縁起となりますので、良い結果や悪い結果を暗示するときにこの言葉を使うようになりました。

つまり、現代的な意味は「良いことが起こりそうな予感」が「縁起が良い」で「悪いことが起こりそうな予感」が「縁起が悪い」になるのです。

このように見ると、自分の努力ではどうにもならない部分が「縁起が悪い」とか「縁起が良い」という言葉になっていることがわかります。

まとめ

以上、いかがだったでしょうか。

今回は縁起とはいったい何なのかを記載しました。

縁起とはもともと仏教用語だったのですが、日本人的な解釈によってかなり湾曲されてしまい何かが起こりそうな予感を表す言葉となってしまいました。

もともとは自分がやった結果が返ってくるという意味だったのですが、このように由来を調べてみると変わってしまったことが良くわかります。



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