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クリスマスの起源や由来や意味を教えて!クリスマスイブとの違いは?

日本と世界のクリスマスの違いは?クリスマスツリーの意味は?

日本でも大々的なイベントの一つとして数えられているクリスマスですが、その由来や起源や本来の意味を知っている人は少ないでしょう。

今回はクリスマスの起源や意味やクリスマスイブの違いについて詳しく解説し、日本と世界のクリスマスの違いはどうなっているのかを紹介して参ります。

クリスマスの本来の意味を理解してより楽しめるようになりましょう。



クリスマスの起源や由来


クリスマスの起源や由来については諸説ありますが、その起源はキリスト教ではなく古代ローマ帝国で行われていたミトラ教による太陽崇拝にあると言われています。

ミトラ教では1年で最も日が短くなる冬至を太陽がよみがえり復活する日として「光の祭り」を行っていました。

このミトラ教というのはペルシャにおける太陽信仰に近いものがあり、自然崇拝が当たり前の時代では受け入れやすかったのでしょう。

しかし、これはローマ帝国が受け入れていたのではなく民衆の間にいつの間にか広まっていた類いであったようで、国教をキリスト教に定めたローマ帝国側からすると理想的では無かったようです。

そのため、うまい具合に浸透したミトラ教を効率よく利用するために12月25日の光の祭りを模倣する形でイエスキリストを光にたとえて「光の復活祭とはイエスキリストの復活祭である」と広めてキリスト教の祭りという形にしました。

いわゆる融合政策という形なのでしょう。

ミトラ教でもこのお祭りではプレゼントを贈り合ったりごちそうを食べるという風習があったのですが、それらの風習もすべて吸収されます。

しかも、ミトラ教はキリスト教が一気に広まると迫害されたという情報もあり、5世紀頃には消滅したようです。

その結果、後世にはミトラ教の教えでは無くキリスト教の教えである「キリストが生まれてきたことをお祝いする日」が12月25日となりました。

ただし、あくまでもキリストが生まれてきたことをお祝いする日であってキリストの誕生日では無いので注意しましょう。

キリストの誕生日がいつなのかはわかっていないのです。

クリスマスの意味は?


クリスマスの語源はラテン語における「クリストゥス・ミサ」にあります。

いわゆるクリストゥスという言葉は「油を注がれた者」という意味がありそれは救世主やキリストをさす言葉なのです。

そして、ミサというのはいわゆる礼拝の事なのでくっつけると「キリストに対する礼拝」となります。

そこから古代ローマ帝国が広めたキリストの誕生を祝う日という意味とセットになって、今ではクリスマスを調べると「イエスキリストの誕生を祝う日」となるのです。

元々は太陽信仰におけるお祭りだったのが、キリストの誕生祭へと切り替わりました。

仮にクリスマスの意味を問われた場合は「イエスキリストの誕生を祝う日」と答えられれば問題ないでしょう。

そこに「あくまでも誕生を祝う日であってキリストの誕生日は不明」と説明ができれば十分となります。

クリスマスイブの意味は?


クリスマスはクリスマスイブと合わせて盛大にイベントが盛り込まれますが、そもそもこのクリスマスイブとは何なのでしょうか。

このイブはいわゆる「evening」の略で、夕方や晩という意味があります。

そのまま直訳するとクリスマスの夕方となるのですが、その対象となるのは前日の24日なのです。

そこに矛盾を感じる人も多いでしょうが、実はユダヤ歴では日没が日付の変わり目なので一般の暦における24日の日没から25日の日没までがクリスマスとなっているのです。

そのため、一般の暦から考えるとクリスマスの前日の夕方や晩がイブという扱いになるので、クリスマスイブは「クリスマスの前日」という認識が持たれるようになりました。

なので、本来の意味で使う場合は24日の日没から23時まで(Eveningは夕方から23時まで)の間がクリスマスイブとなるのです。

本来の意味をくみ取った場合、クリスマス当日の日没以降は通常の日になりますので、夜に盛大に祝いたいという人は24日の日没以降を使う必要があるでしょう。

日本のクリスマスの歴史


クリスマスという概念が日本に来たのは戦国時代でその始まりは1552年の山口県と言われています。

ここにイエズス会の宣教師の一人であるコスメ・デ・トーレスがキリストの誕生祭、いわゆるクリスマスのイベントを行ったのがスタートと言われているのです。



今でも山口県はクリスマスのスタートとなったということでイベントを開催しています。

ただし、江戸幕府の禁教令が出てからは大々的にできなかったので隠れキリシタンや出島のオランダ商館がクリスマスを祝ったと言われています。

明治時代になるとこの禁教令も無くなるので、大々的にクリスマスが取り入れられるようになり1900年には明治屋の銀座進出に合わせてクリスマス商戦がスタートしたと言われています。

昭和に入ると当時の休日法が改定されて大正天皇が崩御された12月25日がお休みとなります。

このお休みにクリスマスをお祝いする人が増えたので一気にメジャーになったと言われているのです。

第二次世界大戦中の兵士の方々もクリスマスツリーを飾っている様子が映像として残っていたので、ある程度浸透していたことがわかります。

戦後は大正天皇祭が無くなってクリスマスがお休みでは無くなるのですが、すでにある程度浸透していたので商業戦線として利用する企業が後を絶ちませんでした。

ここからは大きな流行は無く、いろんな商業施設がクリスマスに乗っかって私たちにあの手この手でクリスマス商品をアピールするようになり、イベントも各所で行われるようになったのです。

しかし、日本のクリスマスの規模はキリスト教が根付いている国々から比べるとやはり小規模というの認識のようで、クリスマスを静かに過ごしたいという方々に日本を勧められるということもあるようです。

世界のクリスマスの歴史


世界に広まっているクリスマスですが、国や宗教事にお祝いの仕方が異なります。

ただし、世界規模で広まることでその地域の文化や風習と混じり合っていったのでオリジナリティも出るようになってしまい、違いがはっきりと出るようになったようです。

中世の頃には当たり前のように広まったクリスマスは、教会のミサに参加した人がその後カーニバルのような謝肉祭に参加して盛り上がったという記述もあります。

ただし、あまりにも堕落したクリスマスもあったようでイギリスでは1645年にオリバー・クロムウェルがクリスマスを廃止してしまいます。

いわゆるピューリタンの方々にとって目の敵にされたクリスマスは、彼らが権力を持っている時代には禁止されていたのです。

それでも祭りを求めてやまない人達にとっては隠れてイベントを行ったり抗議活動をしたと言われております。

実際にピューリタンが権力の地位から少しでも離れると直ぐに復活したとも言われているのです。

クリスマスツリーの意味は?


キリストの誕生祭とクリスマスツリーは何の関係も無く見えるでしょう。

常緑の針葉樹が使われるクリスマスツリーはいわゆる後付けで誕生した者の一つなのです。

これは樹木信仰が根強かったドイツの方々を納得させるためにモミの木を使ったクリスマスのお祝いをしたのが始まりと言われております。

このモミの木の三角形に見える形状がキリスト教における三位一体を表しているのです。

この三位一体とはかなり難解なのでザックリと「三位とは父なる神と神の子イエスと聖霊の三つが一体であるという教え」と覚えておきましょう。

要するにあのクリスマスツリーはドイツにおけるクリスマスの祝いの仕方が広まったものなのです。

サンタクロースとクリスマスの関係は?


今までの説明を見るとサンタクロースがクリスマスの解説に一回も登場していないことに気がつくでしょう。

このサンタクロースのモデルはミラのニコラオスと言われており、この人は「身売りをしなければならないほど貧しい家庭に、夜中訪れて窓から金貨を投げ入れたら金貨が暖炉の下に下げられている靴下に入った」という逸話があり、そこからクリスマスプレゼントの風習やサンタクロースが誕生したと言われています。

このニコラウスは「聖(セント)ニコラオス」と呼ばれていたのですが、これがオランダ語になると「シンタクラース」となります。

このシンタクラースはオランダでも愛される偉人であり聖ニコラウスの命日である12月6日には「シンタクラース祭」が行われていたほどです。

このオランダ人がアメリカに植民したときに「サンタクロース」として逸話を広めたのがスタートと言われています。

このサンタクロースの伝承とクリスマスのイベントがミックスされたことでクリスマスのお祝いにサンタクロースが登場するようになったと言われています。

まとめ

以上、いかがだったでしょうか。

今回はクリスマスの起源や意味や由来を調べて参りました。

クリスマスの歴史を調べてみると、色々と後付けの部分があり今の形になったのもなかなか不思議な部分もあります。

個人的にもサンタクロースとクリスマスが全く結びつかなかったので、当たり前のようにセットで扱われている状況にちょっとした疑問符が浮かんでいる状態です。

確かに12月6日と25日はそこそこ近いですが、セットにするかと言われるとちょっと首をひねってしまいます。



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