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端午の節句はいつ、何をする日?こどもの日との違いは?

端午の節句の食べ物や過ごし方は?こどもの日との違いは?

こどもの日は『端午の節句』と呼ばれることがありますが、厳密に言うとこの2つは同じではありません。

こどもの日は国民の祝日の一つであることが知られていますが、それでは端午の節句とは一体何なのでしょうか。

いつ、何をする日なのかが気になりますよね。

そこで今回は、端午の節句について調べてみました。

どのような意味や由来があるのか、こどもの日との違いなどを詳しく解説します。



端午の節句はいつ?


端午の節句は5月5日です。

「端午」は初めと言う意味の端と午(うま)の日の午を組み合わせた言葉で、当初は毎月5日のことを端午と呼んでいましたが、午の発音の「ご」と5(ご)の読み方が同じため、いつしか5月5日のことを端午の節句と呼ぶようになったと言われています。

なお、端午の節句は旧暦の風習のため、一般的には旧暦の風習は新暦に行う際に、新暦に合わせて日付が修正されますが(例えば「十五夜」は旧暦の8月15日となっていますが、旧暦と新暦では1ヵ月から1ヵ月半ほど日付のズレがあるため、修正すると大幅に日付が変わります。十五夜であれば2020年の場合10月1日となります)、端午の節句の場合は5月5日であることに大きな意味があるため、日付の修正はされずに毎年5月5日で固定されています。

端午の節句は何をするの?


端午の節句には、こいのぼりを上げたり、五月人形を飾ったりします。

こいのぼりは江戸時代に庶民が始めた風習と言われていますが、なぜ「鯉」なのか不思議ですよね。

これは、黄河上流にある「竜門山」には、切り開いてできた竜門という場所があり、その急流を登り切った鯉が竜になったという言い伝えによるもの。

つまり、鯉は立身出世の象徴であるため、男の子の成長を願う端午の節句に飾られるようになったと言われています。

ちなみに「登竜門」という言葉がありますが、これは上記の言い伝えが元になって生まれた言葉と言われています。

また、五月人形を飾るのは江戸時代からと言われていますが、鎧や兜は身を守る防具のため、男の子を病気や事故から守ると考えられたためです。

特に男の子にとって生まれてから初めて迎える端午の節句は重要とされ、五月人形を始め、こいのぼりや菖蒲などを飾り、盛大にお祝いする場合が多いと言われています。

端午の節句とこどもの日との違い


端午の節句は、元は邪気祓いの儀式でしたが、それが時代とともに変化をした結果、男の子の誕生や健康、出世を願う行事として庶民に定着したものです。

これに対し、こどもの日は「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」を趣旨として、国民の祝日に制定されているもの。

偶然ながら同じ5月5日の行事ながら、この2つは同じではないのです。

端午の節句が5月5日の理由についてはこれまで解説した通りですが、こどもの日が5月5日なのはその日が「児童愛護デー」だったからです。

それが昭和23年に国民の祝日として制定され、休みとなりました。

つまり、こどもの日は祝日ですが、端午の節句は祝日ではありません。

同じ五節句の一つである上巳の節句(女の子の誕生や成長を願う行事)は、国民の祝日ではないことからも、こどもの日と端午の節句は別の行事であるということがわかります。

端午の節句の食べ物


端午の節句に食べる物と言えば、ちまきや柏餅があります。

どちらも食べるという方もいるかも知れませんが、一般的にはちまきは関西、柏餅は関東の方で食べられているようです。

端午の節句にちまきを食べるのは、中国から伝わった風習です。



中国では行事食として厄除けの効果があると言われる茅(ちがや)の葉で包んだ餅(ちまき)を食べていましたが、日本では茅ではなく笹の葉となっています。

これに対し、柏餅は日本独自の風習で、柏の葉が新芽が出るまで落ちないことから「子孫繁栄」や「家系が途絶えない」など縁起物として扱われるようになったと言われています。

端午の節句の過ごし方


端午の節句は男の子の誕生や健康を願う行事ですが、中でも生まれてから初めて迎える端午の節句を初節句と言い、盛大にお祝いをする方が多いと言われています。

端午の節句では五月人形やこいのぼりを飾り、祖父母を招いて自宅やレストランなどでお祝いを行うことが多いようです。

その際、行事食であるちまきや柏餅の他ブリやスズキ、タイなどの縁起物を食べて、男の子の健康や出世を願います。

五節句との関係


端午の節句は五節句の一つで、元は中国の陰陽五行説における厄払いの儀式を行う日でした。

五節句には端午の節句の他に、人日の節句(1月7日)、上巳の節句(3月3日)、七夕の節句(7月7日)、重陽の節句(9月9日)があり、日本に伝わった後もそれぞれが宮中にてとても重要な行事となっていましたが、明治6年に廃止されると、以後は民間の行事として行われています。

端午の節句がこどもの日となったのもそのような流れで、上巳の節句はひなまつり、七夕(しちせき)の節句はたなばたへと変化しています。

なお、重陽の節句においては、昔は奇数が重なることで陰の力最も強い「9」が重なる日として五節句の中でも特別に扱われていましたが、こどもの日やひなまつりのように現在に行事が受け継がれることがなくなり、五節句の中であまり知られない存在となってしまいました。

端午の節句を英語でいうと?


端午の節句を英語にすると、Boys’ DayもしくはBoys’ Festivalとなります。

ただし、これだけでは海外の方に何をする日なのか伝わりにくいので、Decorate the carp streamers for the Boys’ Festival(端午の節句にはこいのぼりを飾ります)などの説明文が必要と言えますね。

なお、こどもの日は英語でChildren’s Dayと言います。

端午の節句の意味や由来


中国が発祥の自然哲学「陰陽五行説」では奇数は陽、偶数は陰となり、月と日の奇数が重なって陽となると陰の力が強くなって邪気が入り込みやすいと考えられていました。

そのため、奇数月に奇数日が重なる時に邪気祓いを行っており(五節句と言います。五節句については後ほど詳しく解説します)、この風習が日本に伝わったものが端午の節句の由来と言われています。

端午の節句が日本に伝わった当初は宮中行事でしたが、やがて鎌倉時代になり武家社会となると宮中行事としては廃れ、代わりに武士の間で男の子の誕生や成長を祝うものへと変わっていきました。

これは端午の節句に菖蒲が使われていたことから、菖蒲が勝負に繋がるとして武士の間でもてはやされたからです。

さらに江戸時代になると、端午の節句は庶民の間でも広く浸透しました。

武士の家では男の子が生まれると家紋が入った幟(のぼり)を立てたり、端午の節句の時期がちょうど梅雨前だったことから鎧や兜を虫干ししていたのですが、それを見た庶民が幟の代わりにこいのぼりを立て、本物の鎧や兜の代わりに紙製の鎧や兜を飾るようになったと言われています。

まとめ

端午の節句とこどもの日は同じ5月5日ですが、その由来や意味は全く違います。

端午の節句は古くは季節の変わり目に行う邪気祓いの行事であり、江戸時代以降は男の子の誕生や健康を願う行事として庶民に親しまれてきた一方で、こどもの日は昭和に制定された国民の祝日となっています。

つまり、こどもの日だからこいのぼりを飾るのではなく、端午の節句だからこいのぼりを飾っているということになります。

とは言え、どちらも現在はこどもの健やかな成長を願う行事であることに変わりはありません。



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